7月は姫路市民は無料で姫路城に入場できます。せっかくなので行ってきました。3月のグランドオープンから約4ヶ月、ようやく落ち着いてきたとはいえ、それでもやはり人が多かったです。
天守閣まではちょっとしたハイキングといっていいですね。天守閣までが遠い遠い。緩やかではありますが坂道ですし、曲がりくねり広くなったり狭くなったり天守閣はすぐそこに見えるのになかなか近づけません。さすが難攻不落の要塞。
靴を脱いで大天守の中へ。裸足になると木の感触が気持ちよくておすすめですよ。外は日差しも強く暑いのですが、中に入ると空調器機がないのにひんやり涼しく感じます。上の階に上るほど浜風がものすごい勢いで吹き込んでくるので真夏でも快適かも。逆に冬は大変だろうなと思います。
中に入ると以前あった展示物は最小限に取り払われて広くなっています。他のお城にありがちな、甲冑や刀は別の場所に移されているとのこと。できるだけ「当時の姫路城はこんな感じ」とわかるようになっています。スマホを使うと、動画や写真と共に詳しい解説がみれますし、それが改修後の大きな目玉なのですが、利用している人は全然でしたね。
下の階は広々としてスムーズに移動できましたが、最上階へは制限されていました。最上階はこの混雑振り。連日こんなに人が集まって床が傷まないかと心配になるほど。
最上階からの眺めはやはり素晴らしいです。姫路の街が一望できます。 ところで、せっかく白く生まれ変わった白鷺城ですが、漆喰をみるとすでに黒カビがでているところがありました。漆喰は黒カビが生じやすいので、塗り直す際防かび剤のコーティングを施されてはいるのですが、1年でこの状態。やはり白いのは今だけなんですね。
大天守を降りると備前丸に出ます。この広場から大天守を正面から眺めることができます。美しい姫路城の天守閣はたった2年という、通常の半分の期間の突貫工事で完成させたこともあって、綿密な設計図はなく、かなり場当たり的に作られたそうです。
たとえば、天守閣2層目部分。当初は1層目と2層目は同じ幅で設計されていたそうですが、向かって左に見える小天守が大天守に近いという理由で、2階の壁を建設途中に急遽左側だけ引っ込めたらしいです。左右同時に窓を等間隔に作り始めてしまい、気がついたら下の階の窓の位置とズレているし、真ん中でおかしくなってしまいました。写真でいうと赤の線。確かに左の窓2つはそろっています。ですが右2つはズレていますよね。そこで他のお城には見られない、大きなスリットの付いた10メートルの出窓(茶色で囲った部分)をつけることで、そのおかしくなった部分を隠したというのです。 結果的にこの出窓がアクセントになり引き締まった美しい姿を演出することになりました。
そして4層目。青丸で囲まれた小窓。
この窓だけはシンメトリー(左右対称)ではないですね。向かって左側には2箇所小さな窓がありますが、右側にはありません。一見シンメトリーなデザインの西洋建築のような建築物ですが、この窓に注目すると違和感があります。わざと左右非対称の和を演出したというとか、 完成してしまうとその瞬間から崩壊が始まるといわれているので、意図的に窓を作らず、あえて未完成にとどめたという説も有力ですが、どうやら作り忘れたのではという説も有力だそうです。
他にも屋根の隅木が一直線には並んでいないなど、現在の建築家が見ると初歩的な設計ミスがあちこちに見られるそうですが、それがかえって美しく見えてしまう珍しい建築物でもあるみたいです。
1601年に池田輝政によって工事が始まった3代目の姫路城。当時は徳川の力も磐石ではなく、いつ西からの襲撃に会うかわからなかった時代背景がありました。そのため急いで建てる必要があったのですが、完成直後は傾いてしまっていたという、建築物にはあってはならない欠陥があった姫路城。(その責任をとって棟梁の桜井源兵衛が天守の屋根から投身自殺したという話は有名です。)
突貫工事で建てられたがために、他にも「おや?」と思うところがあると思います。そういう視点で改めて姫路城を観察してみるのも興味深いかもしれませんね。
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